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「『非正規』という言葉を一掃する社会へ 労働立法の動向と労働側の取り組み課題」(現代の理論12号掲載)

1.見えてきた日本型「同一労同一賃金」の虚妄性
2.「同一労働同一賃金」実現の具体的な取り組み
3.今後の労働立法の動向と見通し
 
 「同一労働同一賃金」の公準化に向けての始まりは、昨年2016年1月、安倍首相が「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」という演説からだった。同年3月、厚労省は一億総活躍国民会議(2月23日)での安倍首相の指示に基づき、有識者7人による「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を設置(同年3月23日第1回~2017年3月8日第14回開催)、法改正の準備、賃金差の正否を示すガイドライン制定、「同一労働同一賃金」の実現に向けた具体的方策について検討が重ねられ、「同一労働同一賃金の法整備に向けた論点整理」等を内容とする報告書がとりまとめられた。

 ここに至って、首相の二つの言葉、「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」と「我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、『同一労働同一賃金』を実現する」とは二律背反することが、誰の眼にも明らかになってきた。そこで、本誌前号(2月1日発信の11号)で、筆者は、取り消すことのできない首相の言葉を逆手に取った、「『同一労働同一賃金』にどう立ち向かうか」との拙稿を上梓したが、今回は危機感を募らせ、本当に「非正規という言葉を一掃する社会は実現できるのか」の問題意識を持って、「非正規という言葉を一掃する社会へ」のタイトルで本稿を「補論」として書き直した(なお、テーマが同じ関係上、前稿と重なる記述が多少あることをお断りしておきたい)。

1.見えてきた日本型「同一労同一賃金」の虚妄性

 さて、「働き方改革実現会議」に付属する、7人の有識者で構成する「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」(座長柳川範之東大経済学部教授)が行った、労働団体(連合とUIゼンセン)、使用者団体(日本経団連)のヒアリングの内容(Business Labor Trend2016.9号「労使団体が同一労働同一賃金の実現に向けて考え方を整理」を特集)を検討する。

 使用者団体の代表の日本経団連は、「同一価値労働同一賃金の考え方に異を唱える立場ではない」と呼応しているが、よく聞くと、「同一価値労働とは同じ価値の利益を企業にもたらす労働である」という「成果給」と同じ解釈に立ち、ILOの定義(注1)とは明らかに異なっている。

 悩ましいのは、労働者代表の連合が、雇用形態間の均等待遇原則の法制化方針(2003年)のなかで「労働条件に格差があってもやむを得ない」として挙げている「合理的理由」の部分と重なり合うところがあることである。また、政府ではないが、「公益」(政府の立場と重なる)の立場で参加している、「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」委員の水町勇一郎教授は、「それ(同一労働同一賃金原則の留保要件)は、勤続年数や将来のキャリア展開など、同じ労働でも違いを正当化する『合理的な理由』があれば、賃金に差をつけることが認められる」(2016.6.29朝日)。公益委員、経団連、そして連合(後述)の三者は、同一労働同一賃金の勘所を外すところで一致しているのである。

 連合のヒアリング内容は、2003年6月に決定の「雇用形態間の均等待遇原則」の法制化方針と全く違わず、これを熊沢誠氏は以下のように強く批判している(以下、「職場の人権」2017.3第98号p41~要約引用)。

 ――連合は2003年6月に「雇用形態間の均等待遇原則」の法制化方針を出しております。ここでは(1)「処遇差の合理的な理由となるもの」、(2)「合理的理由にならないもの」、(3)「一律に合理的とは言えないもの」と言う区分を設けています。財界の見解との異同が実に面白い。(1)合理的な理由となるものとしては、ⅰ職務の違い(具体的にはa職務の内容、b労働負荷、c業務に要求される知識・技能、d責任の度合い)、この限りでは純粋な職務評価論ですね。(1)のⅱ職務能力(キャリア・勤続・公的資格)の違い、から連合はだんだんと崩れてくる。・・・(2)合理的理由にならないもの(「可」なので略す―筆者)・・・(3)一律に合理的とは言えないものを検討してみましょう。a労働時間・休日・休暇の設定の可能性の有無(自由度でしょうか)、b配転・転勤の可能性の有無、そしてc雇用管理区分の違いがあげられています。aとbも留保してほしくないのですが、最大の問題はcです。「雇用管理区分の違い」をグレーゾーンにすれば、非正規労働者への差別撤廃に本腰が入らないじゃありませんか。・・・結局、基本給決定の原則(同一労働同一賃金原則―筆者)を正規・非正規を貫いて見直す変革はなく、財界と連合が不合理とみなす職務手当や通勤費や福利施設利用の非正規差別をやめる程度のことに終わると予測できます。・・・「人材活用の仕方による賃金格差」を認めるならば、とめどない恣意性は避けられず、サラリーマンを支配する日本企業の賃金管理や労働時間管理は絶対に変わることはありません――と、日本型「同一労働同一賃金」の虚妄性を熊沢氏は批判する。

2.「同一労働同一賃金」実現の具体的な取り組み

 正規と非正規の待遇格差の「緩和」だけでは事態の本質的な解決にはならない。「同一労働同一賃金」実現に向けての具体的な取り組み(方法論)について、何点か提起したい。

(1)ヨーロッパ並みに「全員正規」雇用を多様な労働形態で!

 政府が本気で「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」のであれば、雇用形態としてのパートや有期を廃止して、全員、正社員に登用・転換することだ。今後は「パートタイム=短時間労働」はすべての労働者が行う「標準=正規労働」の主要な一つの形態として構成する。日本のパートは就業時間と雇用期間の二つの条件で「非正規」の典型とされているが、パートとフルタイマー、短期間と長期間(あるいは無期)といった常用労働者としての多様な労働形態(雇用形態ではない!―筆者)に本人の希望・合意と技術的条件等によって就業するというシステムを社会的・法的制度として確立する。当然、賃金は時間比例とする(飯尾要「『全員正規』雇用を多様な労働形態で」和歌山大学経済学会・経済理論第344号、2008.8)。

 「社会改革」に値する法改正を求めるとすれば、例えばヨーロッパでは、法律によりすべての正規労働者が就業時間を選択できる。パート労働者のうち、約7~8割が正社員としての短時間労働者である。「フルタイム=正規」「パートタイム=非正規」という捉え方にはなんら普遍的な根拠はない。「フル」と「パート」の間の往復も労働者の選択権によって可能とする。「特殊な正社員」を固定化されるという危険性もあるが、まずは、問題の本質である短時間・有期という「雇用」の固定的枠組みの撤廃である。

 ところが、「ニッポン総活躍プラン」(2016.6.2閣議決定)では、「正規と非正規の賃金差について欧州諸国に遜色のない水準を目指す」と明記。フルタイム労働者=100に対するパート労働者の賃金水準は、日本は56.6、同一労働同一労働同一賃金の考え方が浸透している欧州諸国では7~9割となっている(2016.4.13「第2回同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」資料)。そこで、均衡待遇の水準の「落としどころ」として25%アップの話しが現実味を帯びて来る。

(2)裁判提起の根拠規定の労契法20条を強行法規に!

 再度「おさらい」するが、労契法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間で、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を設けることを禁止している(いわゆる「均衡待遇規定」)。禁止の対象となる労働条件は賃金や労働時間などのほか、労働者に対する一切の待遇条件が含まれる。労働条件の格差・差別の不合理性については、以下の判断要素を、裁判所は①>②>③の優先順位で判定する(長澤運輸事件東京地裁判決)。

①「職務の内容」が同一かどうか(第一判断要素、職務とは仕事の専門用語)

②「職務の内容及び配置の変更の範囲」が同一かどうか(第二判断要素)

③「その他の事情」(第三判断要素:合理的な労使慣行、会社の苦境の程度などの諸事情)

 労契法20条の規定では、立証責任は労使双方が負う形になっているが、人事情報の偏在事情からも立証責任は使用者が負うべきで、違法かつ無効となった労働条件の部分を補完する直律的効力(補充的効力)を認める強行法規とする必要がある。有期契約労働者約1485万人が救済対象となる。

(3)定年後継続雇用者の「賃金差」も労契法20条の対象に!

 まずは早急の新たな課題。年金の開始年齢が引き上げられ、すでに定年後継続雇用者のなかには、現在64歳(S28.4.2以降生まれ)になっている者から、「完全無年金(報酬比例年金も基礎年金もない)」労働者が生まれており、とりわけ現在56歳以下(S36.4.2以降生まれ)の者は65歳まで完全無年金者となる。この対策つまり「同一労働同一賃金適用」か「定年延長」が喫緊の課題となっている。

 定年後の有期・継続雇用者が「差別賃金補償」と「無年金対策」の声を上げること。正社員組合も「継続雇用協定」の締結当事者の責任上、裁判以前に「団交」を取り組まざるを得ない。働き方改革の三本の柱の一つに「高齢者の就労促進」がなっている。近年は65歳以上の非正規労働者の割合が高まっており、低い年金と65歳以上者の最賃適用除外と相まって「新しい低賃金」層が生まれ、高齢者の引退なき時代へと向っている。

 その他の非正規労働者とりわけパート労働者は、パート労働法9条で「均等待遇規定」、同法8条で「均衡待遇規定」がうたわれているが、8条は行政指導の対象とはされていないものの司法判断の根拠とはなり得、すべてのパート労働者約943万人が対象となる。一方、9条は行政指導の対象とされており、司法判断の根拠にもなり得るが、対象労働者数は約32万人と限定的である。正社員組合から支援を受けられない非正規労働者は、地域のコミュニティ・ユニオンに個人加盟し、団交でも「格差解消」を要求し、併せて裁判闘争も行うことだ。団交や裁判は確かな「自力救済」の方途(みち)だ。

(4)まずは、個別企業内で声を上げよう!

 日本の労働市場は欧米のような横断的な市場ではなく、産業や業種ごとに「同一労働同一賃金」原則を適用するのは難しい。まずは個別企業で働く正規と非正規の間に均等待遇原則を導入し、それを業界全体、そして関連企業や下請けの中小企業にも広げていくといった手順で進めていくしかない。心ある労働組合は団交で取り組むことが王道だ。よくある議論だが「正規の賃金を下げて非正規を上げる」ことはできない(労働法の鉄則)。また制度改正の場合は「下を上に上げる」しかない(男女差別賃金の是正の事例)。
 
 「民は貧しきを憂えず、等しからざるを憂うる」(論語)。従業員は貧しさよりも不公平が我慢できないことを労使が共通認識しなければ改革は進まない。

3.今後の労働立法の動向と見通し

(1)審議日程

 今後の労働立法化に向けての審議日程は次のように予定される。・・・2016年通常国会「労基法改正案」(解雇の金銭解決、労働時間規制ほか)→2016年6月「ニッポン一億総活躍国民会議」→同年9月「働き方改革実現会議」→2017・3「同一労働同一賃金と長時間労働是正の実行計画」→「2018年問題」(4月1日から「無期雇用みなし」、9月1日から「生涯派遣」スタート)→2019年4月(予定)「労契法・パート労働法・労働者派遣法の三法一括の改正施行」。法改正に向けた日程である、この流れの上に、<継続審議中の「労基法改正案」の労政審の審議→建議→国会上程>がのってくるので政・労・使の選択肢が増え、妥協(取引)の幅が広がる。

(2)同一労働同一賃金の実現、法改正に向けての諸見解

 2016年12月20日、「働き方改革実現会議」が同一労働同一賃金の実現に向けたガイドラインを発表した。労契法・パート労働法・派遣法の三法一括改正は、結局、「格差労働・差別賃金」の「合理的格差」容認法となってしまう懸念が大きい。以下、本事案に関わる、先生方の見解を羅列する(羅列のみでは理論的分析として不十分だが素人に免じて許されたい)。

 ←西谷敏氏は、「順序が逆」つまり、法改正が先になければガイドラインの低い水準が法律に書き込まれ、現行法から後退する可能性があると懸念している。
←熊沢誠氏は、同一労働同一賃金の原論的分析から日本型「同一労働同一賃金」の虚妄性を批判している(前述)。

 ←遠藤公嗣氏も批判的だ。閣議決定(2016.6.2)された「ニッポン一億総活躍プラン」では、我が国の雇用慣行には十分留意しつつと留保をつけて、同一労働同一賃金の実現を述べている。この留保は、正規労働者の属人基準の雇用(日本的雇用慣行)を維持し、正規と非正規との間の差別的な区分を維持することを意味している。ガイドライン等で明らかにされた「小さな改善」では、現在の問題の深刻さを軽減しないだろう。

 ←水町勇一郎氏は、職務給が普及しているヨーロッパでも勤続による手当やキャリア手当が認められている事例を根拠に、日本でも同一労働同一賃金原則もしくは「客観的理由のない不利益取り扱いの禁止」原則を導入することは不可能ではないと主張。

 ←村中孝史氏は、同一労働同一賃金に関わる労働立法の今後の動向を要約し、以下のように予測する(2016.6.12労働ペンクラブ関西支部「講演レジュメ」)。

 ①差別禁止ルール(労基法3条・4条、男女雇用機会均等法:人格的属性に基づく差別を禁止するもの=人格権保護):雇用形態に応じて労働条件を差別することは対象外。

 ②賃金の算定方法に関するルール(同一労働同一賃金原則=職務を基準に賃金額決定):労働内容が違っていれば、差別があっても問題とならない。

 ③パート労働法9条(パートとフルタイムの間の差別の正当化根拠として職務、責任のみの主張を許す):正社員との間では適用なし。

 ④パート労働法8条と労働契約法20条(不合理な差別を禁止):予想される改正内容(但し、新聞報道)は、労契法20条関連では不合理な差別の明確化、パート労働法9条の適用対象拡大、派遣労働者について不合理な差別の禁止規定導入。

(3)豊かな社会に潜む貧困は「分配政策」で解決を

 喧伝される、日本型「同一労働同一賃金」は「多の改善」には至らず、「多少の改善」に終わる可能性が高い。同一労働同一賃金は社会的なものである。賃金決定基準が明確であったとしても、それが企業内だけで職務分析・職務評価そして賃金形態・賃金体系が作られても、しょせんそれは「企業内同一貢献同一賃金」の域から脱することはできない。つまり、本来の「同一価値労働同一賃金」(注2)とは程遠いものとなる。

 90年代から、連合内の各産別は個別賃金政策を展開しているが、今のところ年齢別最低賃金設定にとどまっている。筆者の属していたJAMでは、①年齢別最低賃金(18~35歳)・②一人前ミニマム(18~50歳、実態値の第1四分位)・③30・35歳標準労働者賃金の三つの産別統一基準で到達闘争を展開しており、産業別統一基準が職務評価、能力評価、賃金形態などの制度設計にまで及んでいくには相当の時間を要する。

 もう一つ、連合や産別に求めたいのは、非正規労働者の低賃金是正のための最低賃金引上げの取り組みである。地域最賃の方は、2007年改正最賃法の施行以降、「生活保護を上回る地域最賃」を目指して、その引上げが政府主導で進められ、その結果、2015年、東京では地域最賃がすべての特定最賃(旧産別最賃)を上回るといった事態が生まれた(注3)。基幹労働者(組織労働者)の最賃がパートの時給を規定する地域最賃を下回るということは、前代未聞の「異常事態」である。連合とりわけ産別の特定最賃の引上げの取り組み不足のそしりは免れない。

 社会的な賃金格差の是正のもう一つの労働政策が「同一価値労働同一賃金」であるが、その実現の障壁が企業内組合主義にあることがはからずも露見したというべきでる。傘下の企業内組合が締結する、基幹労働者(正社員)の最低賃金の水準引き上げのための協定化が進まなかった証拠である。

 「皆が貧しい時は成長で。貧しい中で少数だけが豊かな時は革命が。豊かな社会に潜む貧困は分配で解決できる」(浜矩子)。今、貧困問題は社会の大テーマである。最低賃金や同一価値労働同一賃金は有効な「分配政策」であり、今や社会保障政策と重なっている。

(注1)ILOの同一価値労働とは「同一質量の労働」を言い、①知識・技能、②責任、③精神的・肉体的負荷、④労働環境を職務評価の四大ファクターとして得点要素法で計量化される。ところが、日本の人事考課では、③精神的・肉体的負荷、④労働環境、が考課要素からスッポリ抜け落ちている。

(注2)「同一労働同一賃金」の意味は、職務(仕事の専門語)が同じならば同一額の賃金を支払うべき、「同一価値労働同一賃金」の意味は、職務が違っていてもその価値が同じならば同一の賃金を支払うべきだという考え方である。同一価値労働同一賃金>同一労働同一賃金、つまり前者は後者を含む(遠藤公嗣「これからの賃金」)。

(注3)2016年版・日本労働年鑑、吉村臨兵「最低賃金の水準と位置づけの変化」P47~によると、同じ算式で比較すると、東京都地域最賃額×月173.8時間×0.835(保険料・税金などの非消費支出を除くための係数)≒13万2000円>最高水準の鉄鋼業特定最賃≒12万6000円で、可処分所得月額で約6000円の開きがある。地域最賃>特定最賃(旧産別最賃)、 といった状況の拡大が進めば、かっての日経連、現在の経団連が歴史的に主張してきた「産別最賃(現特定最賃)の廃止」が日の目を見ることになる。

かなめ・ひろあき